雨宮勇徒の研究室教育問題

教育のアウトライン

これまで述べてきた教育理念を小学校・中学校・高校でどう分担するか、総合的な学習の時間を含めて考える。  

小学校では、基本的な知識を身に付けさせる教育を主に行う。特に低学年は、九九などのように、いわゆる丸暗記に当たる意味のない文字などの記憶力が優れている時期である。論理的な思考がまだ発達していなく、各教科の基礎知識はただ覚えることが多いので、この時期に教え込むことが重要である。反復学習が有効であるのは、いうまでもない。  

家庭や保育所、幼稚園で身に付いているだろうが、社会性を養うことも大事である。小学校では、先生がいてたくさんの生徒がいる。ここで社会生活で最低限必要なルールを守ることに慣れさせなければならない。  

教科書を用いて行う授業だけではなく、奉仕活動も含めたさまざまな体験をすることで得られる知識もある。子供たちには、小さいころからいろんな経験をする機会を与える。 

高学年ぐらいから、総合的な学習の時間を利用してまず「集団学習の時間」から自立した学習について教育する。「自習の時間」を組み込んで、教科書の内容も少しずつ自分で勉強できる能力をつけさせたい。

中学校では、自立した学習を身に付けさせることに重点をおく。そのためには画一的な授業を少なくし、自分で勉強する時間を増やす必要がある。  

授業の効率化は、授業時間が減り、子供たちの理解度が向上、最低でも変わらないものでなければならない。授業を早く進めても生徒がわからなければ意味がないのである。  

授業の理解度を増すためには、基礎学力を確実に習得させる。漢字や九九などの基礎は理屈ではなく丸暗記に属する分野だ。その基礎が身に付いていないと、その先の熟語や割り算、分数がわかるわけがない。授業がわからなくなるということは、理解するために必要最低限の知識がしっかりと自分のものになっていないからだ。今の一方的な授業では1回わからなくなってしまうと追いつくのが難しく、勉強をやる気がなくなってしまう危険が大きい。  

総合的な学習の時間などで自分の力で勉強し、だんだんと自立した学習が身に付いてくれば、基礎的な科目も授業を行われなくても勉強できるようになるだろう。従来の授業自体がなくなっても勉強が可能になると、総合的な学習のみで学校教育が成立する。極端な話、先生が作成したノートと教科書や参考書を元に、「自習の時間」のみで基礎知識が学習可能となるのだ。  

中学の時点ですべての教科を生徒任せにしてしまうのはまだ早いし、現実的にも難しい。授業を効率化することによって教育時間の短縮や理解度が向上し、自分で考える力が身に付いていく。自分で勉強することによって、自分にあった勉強法がわかってくる。このような利点に注目すれば、基礎学力の部分に生徒が自主的に勉強する割合を増やす教育を早いうちから導入するべきだと考えられるだろう。それを学年を上がるごとに増やしていき、中学校では早いかもしれないが、高校では主力となれるはずだ。  

中学で自立した学習を身に付けさせるもう一つの必要性は、高校受験への対策である。高校入試は、一般のテストとは大きく異なり、通う高校を左右する重要な試験である。その勉強は学校や教師よりも生徒個人の力量が影響し、自分にあった勉強法やコツが身に付いているかいないかで大きな差が出てくる。受験は自分との戦いと考え、学校側は自立した学習を習得させることで、生徒の負担をできるだけ少なくすることが重要である。  

自立した学習の習得と併せて、基礎学力をおろそかにしてはならない。中学校ぐらいから生徒ごとの理解度の差が大きくなってくるので、習熟度別学習を実施する。教育する内容に差をつけるわけである。前に述べたように、短いサイクルでテストを行い、知識の蓄積をしっかりしたものにする。  

自立した学習と基礎学力の充実が、お互いに助け合って生徒たちに適切な教育が与えられることがわかるはずだ。この二つの教育を自分のものにしていくことで、個性を伸ばす教育での第一歩となっていく。そのためにも小学校と同様に、様々な体験を通じて幅広い知識を習得させる必要がある。

「自習の時間」で授業がすむようになれば、「個別学習の時間」や「集団学習の時間」を学校教育の主軸にできる。自分で考えたテーマについて長い期間使って研究するのだ。自分の考えを他人に説明する技術を身に付ける作業を重視して教育する。  

個別学習のもう一つの目的は、長い期間一つの事を続ける教育を行うことである。キレる子供や学級崩壊の例にもみられるように、今の子供たちは我慢をする能力に乏しい。また情報を集め、自分の力で考え、独自の結論を導く過程を学ぶ機会がない。これらの今の教育に足りない分野を育てる意味もある。本格的に導入する時期としては、受験の終わった高校からが妥当であろう。  

高校では個性を伸ばす教育を重視する。「個別学習の時間」で学習したテーマを単位として認めるとおもしろい。3年間で数テーマの研究をする。学校教育と無関係の内容でもよいだろう。そのためには論文の書き方や発表の仕方を学習させておく。自分のやってきたことをまとめる作業、わかりやすく説明する技術などが自然と身に付いていくだろう。 

これは新要領で導入される情報教育の一貫と考えることができる。収集した情報の真偽を見極める目や論理的に物事を考えられる力、情報の受け手と送り手のギャップを実感するのによい教育になると考える。情報教育についての詳しい説明は第4章、第5章を参考にしてもらえれば幸いである。  

特に高校時代には、社会との接点を持つことと、自分の進路について考える時間を作りたい。興味を持っていること、やってみたいことについて調べる。そのために必要であれば、専門学校や大学に進学すればよい。  

【戻る】[教育問題]

雨宮勇徒の研究室[教育・南海トラフ地震対策・原子力]