close

電子レンジの仕組み

一般的な電子レンジの解説の間違い

いくつかのサイトから電子レンジの仕組みの解説を引用しました。

電子レンジはマイクロ波を照射して、極性をもつ水分子に直接エネルギーを与え、分子を振動・回転させて温度を上げる。いわゆるマイクロ波加熱を利用している。Wikipedia

電子レンジには“マイクロ波”を発生させる装置が備わっている。そのマイクロ波を食品に当てると,食品に含まれている水分子を振動させることができるのである。振動した水分子同士がぶつかり合うと,そこに摩擦熱が発生して食品の温度が上がる。電子レンジ - 日本機械学会

2,450MHz(1秒間に24億5千万回振動する)の電波(マイクロ波)が食品に含まれている水の分子などを振動させ摩擦熱を生じさせます。この熱が広がって食品全体をあたためます。(日立)電子レンジの食品加熱の仕組みを教えてください。

電子レンジは英語でマイクロウェーブ・オーブン(microwave oven)というように、食品に含まれる水分子をマイクロ波(2.4GHz)で振動させることで加熱します。 ... この水分子に高周波の電界を加えると、電界の反転に応じて電気双極子である水分子も回転・振動し、互いに摩擦しあって熱を発生します。(TDK)電子レンジの仕組みとは?加熱の原理や基本構造を解説

電子レンジのマグネトロンという装置からマイクロ波を発生させ、それが水分子に作用することで発熱する。電磁波エネルギーを熱エネルギーに変換している。これはどの解説でも共通しています。

例に挙げた解説の中で「水分子が振動」、「摩擦熱」という部分が不適切な解説になっています。なぜかを順を追って電子レンジのエネルギー変換メカニズム(仕組み)を説明します。

水分子の構造

水分子H2Oは酸素原子Oと2個の水素原子Hが共有結合で結ばれており、O-H 結合の距離は0.957Å(オングストローム)、角度H-O-Hは104.5°です。一直線上で結合しないために、結合の極性が打ち消されずに、酸素原子側にマイナス二つの水素原子側にプラスの極性を持ちます。

水分子はほかの水分子と水素結合によっていくつかの分子でクラスター化しています。そのため実際の水分子のふるまいは水分子単体のものと異なります。

水分子単体の運動エネルギー

分子の運動エネルギーは3種類あります。

振動エネルギー

原子間距離が伸び縮みする運動エネルギー。重心は移動しない。量子化されている。全対称伸縮振動、逆対称伸縮振動、全対称変角振動の三種類あり、どれも振動の周期が赤外線の周波数に相当し赤外線をエネルギーとして吸収する。

回転エネルギー

分子が重心の移動を伴わない軸の周りを回転するときの運動エネルギー。量子化されている。とびとびの回転状態のエネルギー差はマイクロ波の周波数に相当する。

並進エネルギー

重心の移動を伴う分子自身が運動するエネルギー。量子化されていない。

振動・回転エネルギーとして受け取ったエネルギーの一部は並進エネルギーに移行します。

エネルギーの伝わり方

マイクロ波のエネルギーは水分子に回転エネルギーとして吸収します。マイクロ波で振動エネルギーを励起させようとしても吸収する周波数帯がかけ離れているのでできません。

マイクロ波のエネルギーが水分子単体に伝わる過程は、分子を振動させているわけではなく、回転エネルギーとして伝わりそれが並進エネルギーに変換されます。

水分子同士のつながり

水分子同士は水素結合によってつながっている。水素結合とは「電気陰性度が大きな原子(陰性原子)に共有結合で結びついた水素原子が、近傍に位置した窒素、酸素、硫黄、フッ素、π電子系などの孤立電子対とつくる非共有結合性の引力的相互作用である」水は、その酸素原子が2つの非共有電子対と2つの水素原子を持っているため、1つの水分子で4つまでの水素結合を形成できる。酸素原子に二つの水素原子、ふたつある水素原子に酸素原子が結合して4つである。

水素結合の強さが水の沸点・融点・粘度の高さにつながっています。

水分子が水素結合すると規則的に並ぶため隙間が多くなり密度が小さくなります。氷はすべての水分子が水素結合でつながっているため、水の状態よりも密度が小さくなっているのはそのためです。

温度が上がれば分子の密度は下がり、下がれば密度が上がります。密度が上がると水素結合が増えて密度が下がる方向にもつながります。そのため水分子の密度が一番高い温度は4℃となっています。

誘電加熱

誘電加熱とは電波(マイクロ波)の電磁放射により誘電体(絶縁体)を加熱することです。電子レンジはこの誘電加熱の仕組みを利用して食品を温めます。誘電体に当たるのが水分子です。

水分子の向きは無電界の状態ではバラバラで外部から見ると電荷の偏りはありません。電磁波などで電界がかかると偏在している分子が外部の電解を打ち消す方向に整列します。このように分子が集団で分極するのが誘電分極(配向分極)といいます。

誘電加熱は誘電体の中の電気エネルギーが熱エネルギーに替わるときに発生します。分極の向きが電磁波の変化に遅れている場合に誘電体の電気エネルギーが熱エネルギーとして損失することを誘電損失といいます。誘電加熱はこの誘電損失によって引き起こされます。

分極が電界の反転にスムーズに追従できなくなり、もっとも激しく移動して誘電加熱が起こる周波数は短波からセンチ波(3MHz〜30GHz)の電波の帯域です。それより低い周波数のときには電界の動きに合わせて分子が向きを変えられるので発熱しなくて、逆にそれ以上の周波数になると電磁波の変化に追従できなくなり分極は変化しないので発熱しません。

原理的にマイクロ波が水分子にエネルギーを伝える手段は「回転エネルギー」と「誘電損失」がありますが、電子レンジでは誘電損失を利用した加熱とされています。

山本ビニター轄n波誘電加熱 技術情報

電子レンジは、水分子の固有振動数(共振周波数)を利用しているのではないです。

水分子3 〜量子〜

振動解析

電子レンジで加熱できるわけ

摩擦熱は間違い

熱エネルギーとは、物質の内部エネルギーのうち物質を構成する原子や分子の熱運動によるエネルギーを指します。原子や分子の乱雑な運動を熱運動といいます。熱エネルギーは必ず高いほうから低いほうへを移動します。熱エネルギーが上がれば温度も上がります。

熱は分子の運動エネルギーなので、熱は分子の運動エネルギーが衝突を介してほかの分子に移動します。

相対的に運動している物質間にはたらく動摩擦により、運動エネルギーの一部が失われ、熱エネルギーになります。それが摩擦熱です。外部からの運動エネルギーの一部が熱エネルギーに変換されることです。

電子レンジの場合は、マイクロ波の電磁波エネルギーが水分子の運動エネルギー・熱エネルギーに変換され、それが分子間の衝突を介して伝わっていきます。ですから摩擦熱という表現は適切ではないということです。

科学の部屋[工学・化学]