雨宮勇徒の研究室教育問題

本の精読

今まではたくさんの本を読む「多読」に重点を置いてきた。これからは細かい部分まで注意深く読む「精読」をやり始める。  

本の難易度が上がって、ただ読み進めるだけでは理解しにくくなった。本の価格も専門書となると割高になり、一度に何冊も買うのが難しくなるのも理由にある。これまで買ってきた本の知識を総動員して、詳しく読んでいかなければならない。  

専門書や教科書だけではなく、これはと思う入門書もしっかり読み込んでいくのもよい。精読することで、何度読んでも気付かなかった発見があるかもしれない。  

具体的にどう精読していくのかわからない人もいるだろう。なかなか内容を噛み締めながら読んでいく経験もないのが普通である。  

読み進めていき、ふとわからない部分が現れる。周辺の文章から理解し、ほかの本から探しだす。ここまでは簡単にできるが、もう一歩踏み込んで理解を重視した読み方をする。一行一行に目を光らせていくわけだ。文章と文章との間に、説明されていない部分や論理の跳躍がないか、説明があやふやになっていないか、自分がきちんと理解できているかなど、細かく読んでいくのである。  

図や表が示されている場合には、その意味を読み取る。著者の解釈と自分のものを比べてみる。もし異なるのであれば、なぜかを考える。  

数式が示されている場合、定義の式と結論の式との間が省略されていることがよくある。経過が書かれていても、実際に自分の手で計算してみる努力が必要だ。式と式の間でどのような計算が行われたのか、どの公式が使われたのか調べる。式が間違っていることはよくあることなので注意したい。  

例題や章末問題が載っている場合、実際にやってみる。これまで理解して読んできたのかがわかるはずだ。  

最初は疲れるかもしれないが、読み進んでいくうちに理解が深まっていくのがわかるはずだ。慣れてくれば意識しなくても、ごまかされない読み方が身に付いてくる。 

ここで多読と精読の違いについて考えてみる。多読をする意味は、無意識のうちに知識を頭に入れることである。覚えようとしなくても、何度も情報に触れることによって記憶する。一種の暗記法だ。本人はただ読んでいるだけなので、覚えなくてはいけないと力が入ることもない。最初のうちは無意味に覚える事柄が多いので、負担が少ないほうが長続きしやすいのだ。  

精読はゆっくりと内容の理解に重点をおいて読むことである。普通に読んでいただけでは気付かなかった部分が浮き彫りになる。最初から精読すると時間ばかりがかかり、理解も進まない。下地がないままではいくらやっても無駄なのだ。精読はある程度知識が身に付いてから、多くの本を読んだ後だからうまくできるのである。  

この段階では自分が納得すればよく、必ずしも記憶するのが目的ではない。たとえ一時期覚えたとしても、時間が経てば忘れてしまうものである。一冊の本に何がどこに書かれてあったのか、そこを見れば記憶が蘇る程度の読み方ができればよい。理解できていれば、知識は後からついてくる。  

精読で重要なのは、論理的な読解力である。難易度の高い文章でも、読解力があれば理解できる。実際に読んでみると、内容は意外と簡単なことがよくある。理解するまでの多少の根気が必要なだけだ。読解力を向上させるには、多くの本に触れ、よく読むことだといえる。近道は存在しない。

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